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宇都宮地方裁判所 昭和48年(行ウ)1号 判決 1975年10月14日

原告

赤羽根友吉

ほか二〇名

右訴訟代理人弁護士

佐藤秀夫

外一名

被告

栃木県知事

船田譲

右指定代理人

高橋徳

外五名

主文

被告が昭和四八年一月五日、栃木県告示第一八号をもつて、小山・栃木都市計画区域のうち、別紙表示の地域を準工業地域と指定した行政処分を取消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一  請求の趣旨

主文同旨の判決をもとめる。

第二  請求原因

原告らは、栃木市大町蟹田地内の別紙表示の地域(以下本件地域という)に居住している。本件地域は、以前はその大部分が田畑であつたが、この数年間に続続と住宅が建てられ、急速に宅地化し、現在約一〇〇世帯、約五〇〇人の住民が住み、右地域内の建物のほとんどすべてが居住用建物であつて、工場は一棟もない。なお、本件地域は、旧都市計画法にもとづき、昭和四一年三月三一日、建設省告示第九五三号をもつて、住居地域に指定されていた。

ところが、被告は、昭和四八年一月五日、栃木県告示第一八号をもつて、本件地域を準工業地域に指定した(以下本件指定という)。しかし、本件地域は、右にのべたとおりもつぱら住宅地として発展してきたもので、現状は完全な住居地域であり、しかも、原告らを含む住民の大部分が従前どおり住居地域として指定されることを強く希望していたにかかわらず、被告は本件準工業地域の指定を強行した。すなわち、それは、本件地域の発展の経緯、現状、および住民の意思を無視した恣意的な行政処分であり、被告の行政上の裁量権の逸脱もしくはその乱用にほかならないから、違法である。なお、当初発表された被告の構想図では、本件地域は住居地域とされていたのにかかわらず、その後突然準工業地域に変更されてしまつた経緯に照らしても、本件指定が恣意的になされたことをうかがうに十分である。

準工業地域は、都市計画法上の八種類の用途地域のうち、建物の用途制限がもつともゆるやかであつて、住居地域では禁止されている工場や娯楽施設の立地が可能とされている。本件地域は、前述のとおり、従来住居地域に指定されていて、住居にふさわしい環境を保全するため法的保護を与えられ、これにより原告らは良好な住環境を享受し、またその永続を期待してきた。ところが、右にのべた違法な本件準工業地域の指定により右の期待は裏切られ、工場公害、いかがわしい娯楽施設などの出現による環境破壊の危険に直面することになつた。その危険の具体的内容は、別紙昭和四九年一一月二一日付原告ら準備書面記載のとおりである。原告らは、違法な本件指定に対し、住民として、環境の保全をもとめる法律上の利益を有する。原告らは、これにもとづいて本件指定処分の取消をもとめる。

第三  請求の趣旨に対する被告の答弁

第一次的に、

本件訴を却下する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

との判決をもとめ、これがいれられない場合には、

原告らの請求を棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

との判決をもとめる。

第四  被告の本案前の主張

(1) 本件指定は、都市計画法の委任にもとづいて栃木県知事がした一般処分である。すなわち、それは、一般国民を規制の対象としたものであつて、とくに原告らの個々の権利、または法律上の利益を直接規制し、これに影響を及ぼすものではない。かりに、本件指定の結果、原告ら権利または法律上の利益が、なんらかの意味で侵害されるような事態が起るとするならば、そのような侵害が現実に具体的に発生した時点においてはじめて原告らはこれに対する司法的救済をもとめることができる(それが司法的救済の限界である)。そうでないかぎり、本件指定の取消をもとめる訴は、争訟の成熟性ないし具体的事件性を欠くものであつて、行政事件訴訟法の定める抗告訴訟の対象とならない。

(2)  原告らの主張自体において明らかなとおり、原告らの主張する住環境の破壊は、現実に起つているものではなく、将来起るかも知れないという可能性を意味するにすぎないから原告らは訴の利益を有しない。また、もし本件指定が取消されたならば、本件地域は無指定の地域となり、建ペい率(建築物の建築面積の敷地面積に対する割合)は、一〇分の六までと定められていたものが一〇分の七までとなり、容積率(建築物の延べ面積の敷地面積に対する割合)は、一〇分の二〇までと定められていたものが一〇分の四〇までとなり、この範囲内の建物は自由に建てられることになる。さらに、建築物の種類(用途)については、まつたく制限がなくなつてしまう。このことは、土地利用に関する都市計画を定めることによつて、都市の健全な発展と秩序ある整備を図るという都市計画法の趣旨にまつたく反することであつて、とうてい容認できるものではない。また、原告らにとつても、本件用途地域指定の取消により本件地域が無指定地域となるならば、現在よりも不利な状態となることは明らかである。すなわち、本件用途地域指定の取消は原告らになんの利益ももたらすものでないのであるから、この意味においても原告らは訴の利益を有しない。したがつて、行政事件訴訟法第九条により、原告らには当事者適格がない。

右(1)(2)の理由により、本件訴は不適法として却下されるべきものである。

第五  被告の本案前の主張に対する原告らの反論

日光、空気、水、静けさ、その他人間をとりまく生活環境を良好な状態に保つことは、健康にして文化的な生活を営むための不可欠な条件であり、人が、従来享受してきた良好な生活環境を、その受忍義務の限度を超えて破壊されないことについて有する利益は、まさしく法的保護に値する利益というべきである。これを本件について言えば、本件地域は、改正前の都市計画法にもとづき住居地域に指定されていて、原告らはこれによる法的保護のもとに良好な住環境を享受してきたところ、本件用途地域指定により準工業地域に指定されたため、右の良好な住環境が工場の進出やいかがわしい娯楽施設の出現により破壊されてしまうさし迫つた現実の危険に直面することになつた(その危険の具体的内容は別紙昭和四九年一一月二一日付原告ら準備書面記載のとおり)。原告らは、この生活環境破壊の危険を排除するため、本件指定の取消をもとめているのであるから、訴の利益を有する。

つぎに、被告は、本件準工業地域の指定が判決により取消されれば、本件地域は無指定の地域となり、原告らにとつて、かえつて不利益な状態になる、と主張する。しかし、その場合には、被告は、行政庁の責任において、判決の趣旨に従つて用途地域の指定をしなおすべきものであるから、無指定地域の不利益を原告らがこうむることはない。

第六  請求原因(本案)に対する被告の答弁

本件地域の大部分がもともと田畑であつたところ、この数年間に続々と住宅が建てられ、急速に宅地化し、現在約一〇〇世帯、約五〇〇人の住民がそこに居住すること、昭和四一年三月三一日、本件地域が住居地域に指定されたこと、被告が、新都市計画法にもとづき、昭和四八年一月五日、栃木県告示第一八号により本件地域を準工業地域に指定したこと、および被告の当初の構想図では、本件地域が住居地域とされていたことは認めるが、その他の主張事実は争う。なお、原告らのうち、原告早乙女信一、同横地克夫、同小堀一郎、同大橋小四郎、同大橋勝、同今堀美樹夫、同荒川武夫、同加藤静男の八名は、本件地域の住民ではない。

本件準工業地域の指定は、都市計画法にもとづき、手続的にも実体的にも、適法かつ適正になされたものであつて、そこには、原告らの主張する裁量権の逸脱、乱用というような事実は存在しない。その具体的事情は、別紙昭和四九年九月四日付および昭和五〇年一月二二日付被告準備書面記載のとおりである。

理由

第一本案前の被告の主張について

(一)  一般処分の争訟性

本件準工業地域指定処分が、都市計画法の委任にもとづき、栃木県知事がした一般処分であることは、被告の主張するとおりである。しかし、一般処分とは言つても、それは、広く一般国民を規制の対象とするものではなく、一定の地域をかぎつて、その地域内の土地利用権を一定の目的のために規制するものにほかならない。しかも、都市計画法にもとづく用途地域の指定処分は、その地域内の土地利用権(所有権・賃借権等)の行使に直接各種の制限を課するだけでなく、その住民にとつては、都市形態の政策的変更にともない、住環境の悪化による生存権(憲法第二五条)の侵害が生ずる場合もありうることは明らかである。したがつて、単に一般処分であるという理由で、これを抗告訴訟の対象からはずすことは、憲法第三二条(裁判を受ける権利)および同第七六条第二項(特別裁判所の禁止)の規定を受け、行政訴訟事項について列記主義を取つていた旧制度を改めて概括主義を採用し、国民に対し広く行政行為に対する司法審査の機会を保障した現行行政事件訴訟法の趣旨にもとることになる。

さらに、被告は、本件指定の結果、生活環境に対する侵害が、現実に、かつ具体的に発生したときはじめて、その侵害の排除を訴求することが許されるのであり、それが司法的救済の限界であると主張する。しかし、もしそうだとすれば、そのような訴の前提問題として本件指定処分の無効(すなわちその重大かつ明白な違法性)の主張がなされねばならないことになるから、そのような訴の成り立つ余地は事実上ほとんど無きにひとしいであろう。そうすると、都市計画法にもとづく用途地域の指定を受けた地域の住民は、かりにその指定の結果どのような権利または法律上の利益の侵害が生じた場合でも、これに対する司法的救済の道は事実上閉ざされ、泣き寝入りを強いられる結果となるであろう。そのような解釈は、憲法第三二条の趣旨に照らしとうてい容認できるものではない。

右のいずれの観点から見ても、本件指定処分は、一般処分ではあつても、抗告訴訟の対象となるものと解すべきである。

(二)  訴の利益

都市住民と農山村住民の生活環境がことなることは、あまりにも明白なことである。都市住民は、農山村にない各種の都市の利便を享受するかわりに、ある程度の環境上の不利益(たとえば、騒音、日光の障害、大気汚染)は忍ばなければならない。それが、都市の利便の代償として都市住民に課される受忍義務である。このことを自覚しない、いたずらな住民エゴの主張は、都市生活そのものを不可能ならしめるものであつて、許容できないのであるが、その限度は、その都市の大小、地理的・歴史的・社会経済的環境、さらには都市全体のわくの中におけるその地域の位置づけなどの諸要素を総合し、健全な良識により判断される必要最小限度とすべきものであり、その限度を超える環境破壊に対しては、住民はその防止を、行政当局に要求する権利を有する。

そして、原告らの主張によれば、本件地域はもともと田畑であつたところ、その良好な住環境が喜ばれ、急速に宅地化し、昭和四一年三月三一日から本件指定にいたるまでは、都市計画法による住居地域に指定されており、したがつて、住民の大多数は、その住環境が行政的に保全されることを期待し、そこに永住する目的で、土地と住居をもとめ、住みついた人々である。そして、一般、普通の人にとつて、土地と住居をもとめることがおそらく一生に一度の大事業である現状にかんがみると、このような期待利益は、最大限に尊重されなければならない。

したがつて、このような沿革を有する地域を、住居地域以外の用途地域に指定替すれば、右にのべた住民の期待を大きく裏切る結果となりかねないのであるから、それをあえてするためには、その指定替が、はたして都市計画の全体像から見て必要欠くべからざるものであるかどうか、およびそれにより住民の環境上の利益を不当に侵害するおそれがないかどうかについて慎重に配慮すると同時に、それが都市計画行政上不可欠と判断される場合には、その理由について、住民の理解を得るため、最善の努力がなされねばならない。その配慮および努力を欠いた指定替は、裁量権の乱用であり、住民は、憲法第二五条の保障する生存権にもとづき、それによつて起るおそれのある環境破壊を予防または排除するため、そのような用途地域指定処分の取消をもとめる法律上の利益を有する。

つぎに被告は、もしも本件用途地域指定処分が判決により取消されるならば、本件地域は無指定地域となり、住民は、準工業地域の指定を受けている現在よりもむしろ住環境上の不利益を受けるおそれがあるから、訴の利益がない、と主張する。しかし、本件指定処分が取消されるならば、被告は、再度の考慮により、指定をしなおすべきであり、それが、地方公共団体の執行機関としての被告の責任である(地方自治法第二条第一三項、第一三八条の二)。本件指定処分が取消されれば、本件地域が無指定地域となり、かえつて住民が不利益を受けるおそれがあるという被告の主張は、みずからの行政上の責任を忘れた議論であつて、とうてい採用することはできない。

以上(一)(二)の理由により、被告の本案前の主張はいずれも失当であつて、採用できない。

第二本案に対する判断

(一)  本件地域の住宅地としての適性

本件地域が、もと栃木市郊外の田畑であつたところ、約一〇年ぐらい前から急速に宅地化し、昭和四一年三月三一日から昭和四八年一月五日の本件準工業地域の指定にいたるまでの間は、住居地域の指定を受けていたこと、および現在本件地域内には、約一〇〇世帯、五〇〇人ぐらいの住民が居住していることは、当事者間に争いない事実である。そして、<証拠>を総合すると、本件地域は都会の住宅地としては、まことに快適な環境にあり(検証調書添付写真1ないし39参照)住民の大部分が、その良好な住環境の維持されることを期待し、そこに永住するつもりで、土地と住居をもとめ、住みついた人々であることが認められる。なお、本件地域内には、工業を営む者も数軒あるが、それらはいずれも主として家族労働に依存する零細家内工業(検証調書添付写真12・16・17・18・30・32・38・39参照)であり、すこしも、本件地域の住宅地としての適性をそこなうものではない。地域内のバイパス浴いにあるガソリンスタンド(同写真37)倉庫(同写真11・36)中古車センター(同写真35)などについても同様である。

さらに、被告は、昭和四七年本件地域内をバイパスが貫通した結果、その交通による騒音のため、本件地域が住居に適しなくなつたと主張する。しかし、住宅地といつても、都会の中にある以上、ある程度の騒音はつきものであり、その防止のため、建築、その他において種々の工夫がなされているのである。検証の結果によつても、バイパスの交通による騒音が、居住にたえない程度に達しているものとはとうてい認めることができない(同写真1・21・22に示されている交通状況参照)。むしろ、住民は、本件地域内に工場などが建てられることにより、バイパス分交通騒音に工場の騒音が重なり、増幅され、真に居住にたえない程度に達してしまうことをおそれているのである(前記原告ら各本人尋問の結果)。

以上のべたとおり、本件地域が、良好な住宅地としての適性を有し、現実にその大部分が住宅地として使用されており、しかも、昭和四一年から本件指定にいたる約七年の間、住居地域の指定を受け、その住環境の維持が法的に保障され、住民の大部分がその継続を期待し、永住する目的でそこに住居をもとめ、住みついたものであるという事実は、重視しなければならない。

(二)  本件地域を準工業地域に指定替する必要性の有無

右にのべたような状況にある本件地域を、住民の多数の意思に反し、これまでの住居地域から準工業地域に指定替をするためには、それを根拠づけるに足る強い必要性がなければならない。都市計画上、あまり必要でもないのに、そのような指定替を強行することは、(一)においてのべた、住民の正当な期待利益を無用に剥奪し、これに不必要な犠牲を強いる結果となるからである。それこそ、行政上の裁量権の乱用にほかならない。

そして、本件において被告の提出した全証拠によつても、右にのべたような必要性を認めることができない。被告は、本件地域が東北自動車道路のインターチェンジに近いところから、沿道サービスおよび流通業務を促進するために、本件地域を準工業地域に指定する必要があるというが、本件地域のうちバイパスに面するわずか三〇〇メートルぐらいの区間内に、現在までの沿革および住民多数の反対意見を無視してまで、これ以上「沿道サービス・流通業務」を促進する必要がどこにあるのか、まことに理解に苦しむ主張である(同写真1参照)。

検証の結果によつても、本件地域中バイパスに面している部分には、すでに建物が立ちならぶ空地はほとんどなくなつており、相当広い空地が残つているのは、裏手の部分である。このような空地は、沿道サービス流通業務用とするよりも、むしろ住居用に適しているものと考えざるをえない(同写真1・13・14・15参照)。

事実、本件地域を準工業地域にしなければならない都市計画上の必然性はまつたくないのである。そのことは、なによりも、栃木県当局が綿密な基礎調査にもとづいて作成し(証人佐藤克己の証言)、公聴会に先立つて公表した構想図では、本件地域が住居地域とされていたという事実(このことは当事者間に争いがない)そのものによつても証明されている。

(三)  本件地域の住民の多数の意見

<証拠>を総合すると、本件地域住民の大多数が、本件地域を準工業地域に指定替することについて反対の意見を持つていることが認められ、証人鈴木純二の証言中、右認定に反する部分は措信できない。

(四)  本件指定の経過

そこで、つぎに、右にのべた状況のもとにおいて、本件地域がどのような経過で準工業地域に指定替されたかを見るに、<証拠>総合すると、その経過は、大略つぎのとおりであつたものと認められる。

(1)  昭和四七年六月三日付で栃木市から栃木都市計画の原案が栃木県に提出された。右の原案によれば、本件地域は準工業地帯とされていた。ただし、右原案は公表されなかつた。

(2) 同年七月一五日、栃木県当局(都市計画課)は、綿密な基礎調査の結果作成した栃木都市計画の県構想図を同日付栃木市政だよりに掲載して公表した。右構想図によれば、本件地域は従前どおり住居地域とされていた。本件地域の住民は、これを見て、右構想図のとおり、住居地域に指定されるものと思い、安心していた。

(3)  同年八月二五日、右構想図にもとづいて公聴会が開かれ、原告棚橋千之助は、本件地域在住の公述人として出席し、右構想図に賛成する旨の意見をのべた。

(4) 同年一〇月一七日、栃木県の作成した都市計画案(最終案)が都市計画法第一七条第一項により縦覧公告(同日付県公報、および一〇月一五日付栃木市政だよりに掲載)された。右の最終案では、本件地域は準工業地域とされていた。

(5)  そこで、住民有志一〇数名が栃木市議会議員平賀正一および同手塚弥太郎らとともに栃木市長に本件地域を準工業地域でなく住居地域に指定するよう陳情し、一方、住民から栃木県知事に対し、都市計画法第一七条第二項による意見書を提出した。そして、本件都市計画について知事宛に提出された意見書一二〇通のうち九六通は、本件地域を準工業地域に指定替することに反対し、住居地域の現状のままにしておくことを希望するものであつた。

(6) ところで、右陳情に対する栃木市長の答えは、右最終案で本件地域が準工業地域とされたのは、「県がきめたので、私(市長)は知らない。」ということだつたので、右住民有志および市議会議員両名らは栃木県庁に行き佐藤克己都市計画課長と会見したところ、同課長は、右の指定替は栃木市の要望によつてなされたのであるから変更できない、という返答だつたので、さらに栃木市長に会い、このことをたしかめたところ市長の返答は、前同様、「県がきめたことで、私は知らない。」という一点ばりで、らちが明かなかつた。そこで、市長もいつしよに県庁に行き、佐藤課長ら県当局者と話合おうということになり、県庁に行つたが、県土木部長も佐藤都市計画課長も、出張不在ということで面会することができなかつた。その間、この問題は結局うやむやにされたまま昭和四八年一月五日本件都市計画の決定および縦覧告示がおこなわれてしまつた。本件地域を住居地域から準工業地域に指定替をしたのは、最終決定は県がしたとしても、栃木市からの強い要請を受けて、そうしたのである。そのことは、昭和四七年六月、県の構想図の公表に先立つて栃木市から県に提出された前記「原案」においては、本件地域が準工業地域とされていたこと、および佐藤都市計画課長が、「本件都市計画の公聴会または説明会のため、栃木市に出張した折に栃木市長から、口頭で本件地域を準工業地域に指定するよう要請された。」と証言していることにより明白である。栃木市からの要請がなければ、本件指定替が行われなかつたことは、まちがいないことである。

右(1)ないし(6)の経過を通観すると、公聴会などの法定の手続は形式的に履践されてはいるものの、これを通して住民の意思およびその既得利益に対する正当な配慮がなされたものとはとうてい認められない。とくに、栃木市長は、みずから県に対し本件指定替を要請しておきながら、住民有志の陳情に対し、「県がきめたことで、私は知らない。」と嘘を言い、自分の責任を回避し、住民の反対運動をごまかしてしまつたのであつて、そこには住民に対する一片の誠意も認めることができない。

信義誠実の原則は、私法上の行為についてだけ要求される原則ではない。公権力の行使である行政行為についてはそれがいつそう強く要求される。右にのべたようなやり方は、いちじるしく信義則に反するものであつて、この点から見ても本件指定替は違法である。

(五)  結論

以上、要するに、本件指定替は、栃木市の都市計画上それほど必要もないのに多数住民の意思と既得利益を配慮することなく、しかも信義則に反するやり方で強行されたものであつて、明らかに裁量権の乱用である。

なお、都市計画法によれば、住居地域は主として住居の環境を保護するため定める地域とする。」とされているのに対し、準工業地域は「主として環境の悪化をもたらすおそれのない工業の利便を増進するため定められる地域とする。」とされており、その開発目的がまつたく異なるだけでなく、「環境の悪化をもたらすおそれのない工業」と言つても、工業である以上、その周辺に及ぼす影響は、住宅とくらべものにならない。その詳細は、別紙昭和四九年一一月二一日付原告準備書面記載のとおりである。また、被告は、本件準工業地域の指定に特別業務地区の指定を重ねることより、住環境を保持することを考慮しているというが、それは、手続的にも内容的にも、すこしも具体化していないことであるから、右にのべた本件指定替の違法性を正当化することはできない。

以上の理由により、原告らの本訴請求は正当であるから認容し、訴訟費用について民事訴訟法第八九条適用して、主文のとおり判決する。

(渡辺均 田辺康次 市瀬健人)

原告名簿<省略>

地域の表示

栃木市大町蟹田地内のうち、

東は県道鹿沼街道、西は巴波川、南は栃木藤岡バイパスの中心線より南に一〇〇メートル隔てて右中心線と平行に引いた線、北は右バイパス中心線より北に一〇〇メートル隔てて右中心線と平行に引いた線に囲まれた地域のうち、別紙図面表示の赤線で囲まれた部分

図面<省略>

準備書面

本件地域が準工業地域に指定されたことにより良好に保護せられてきた住環境が破壊される危険性について

一、周知の通り、都市計画には当該都市計画区域について都市計画法第八条の各号に掲げる地域、地区、街区で必要なものを定めることとされているが、右のいわゆる地域地区に関する都市計画のうちでも用途地域の決定が最も基本的なものであり、用途地域の決定は当該地域内における建築物の用途と形態の規制を行うことを内容としている。ここでは、そのうちでも建築物の用途規制のあり方について明らかにしておく。

用途地域による建築物の用途規制は、建築基準法第四八条、同別表第二並びに同施行令第一三〇条の二乃至九によつて定められている。特に住環境の保全の点では、第一種住居専用地域、第二種住居専用地域、住居地域、近隣商業地域、商業地域、準工業地域の順序で用途制限がゆるやかになり、どの地域もその後にある地域で許されない建築物は、すべて許されないという定め方がされている。

二、右に述べた通り、住環境の保全の点では、準工業地域は住居地域と比較して全ての面で規制がゆるやかであるが、これをさらに具体的に明らかにすれば次の通りである。

(一) 危険物の貯蔵処理施設については、住居地域では貯蔵処理の量が「非常に少ない施設」に限つて建築が認められるが、準工業地域では貯蔵処理の量が「少ない施設」のみならず、「やや多い施設」でも建築が可能とされている。たとえば、火薬について言えば、住居地域では二十キログラムまでの貯蔵処理施設しか認められないが、準工業地域では二十トンまでの貯蔵処理施設の建築が可能であり、また爆薬については住居地域では一切爆薬の貯蔵処理施設が認められないが、準工業地域では十トンまでの爆薬の貯蔵処理施設を建築することが可能とされている。

(二) 工場については、住居地域では作業場の床面積の合計が五〇平方メートル以下の工場で危険性や環境を悪化させるおそれが「極めて少ない」ものに限つて認められるが、準工業地域では危険性や環境を悪化させるおそれが「やや多い」工場でも建築が可能とされている。たとえば、アセチレンガスを用いる金属の工作、引火性浴剤を用いるドライクリーニング、ドライダイイング又は塗料の加熱乾燥若しくは焼付、亜硫酸ガスを用いる物品の漂白、鉱物岩石等の粉砕で原動機を使用するもの、瓦、れんが、土器等の製造、スプリングハンマーを使用する金属の鍛造等の用に供する建築物は住居地域では全て建築が禁止されるが、準工業地域では何の規制も受けないことになつている。

(三) 娯楽施設については、住居地域では禁止されている劇場・映画館、待合・キャバレー・料理店、トルコ風呂についても準工業地域では建築が可能である。

(四) 商業施設については、住居地域では禁止される営業用倉庫を準工業地域では建築することが出来ることになつている。

三、都市計画法によると、住居地域は「主として住居の環境を保護するため定める地域とする」、準工業地域は「主として環境の悪化をもたらすおそれのない工業の利便を増進するため定める地域とする」とされているが、右に述べたことにより明らかなとおり住環境の保全の点に関しては両者の間に本質的な区別があるのであつて、準工業地域はあくまでも「工業の利便を増進するための地域」であるに外ならない。ことに本件地域は従来住居地域に指定されていて良好な住環境が保全されてきたところだけに、準工業地域に指定されることにより新しく工場が進出してきて騒音振動臭気をまきちらしたり、また危険物を貯蔵し取扱う施設が新設されて周辺に居住する住民に火災や爆発の不安を与え、あるいはトルコ風呂が設けられて風紀を乱す等の深刻な事態が予測され、しかも準工業地域に指定されてしまえばそのような深刻な事態を予防する手段は何もないのであるから、本件地域の住環境が決定的に破壊される危険が非常に大きいと言わなければならない。

準備書面(第四回)

被告は、本案前において、都市計画用途地域の決定は処分性がないので取消訴訟の対象とはならないと主張し、仮に処分であつたとしても法律上の利益が認められないとして、主張し続けてきたところであり、今後とも一貫して主張し続けることには変りはない。

被告は、仮に処分性または法律上の利益があるとして、原告等が「本件用途地域決定は、恣意的になしたもので、裁量権の範囲を越えまたは、裁量権の濫用があつたとし、本件決定は違法である」と訴えている件に関し、本件決定の妥当性を立証する。

一、都市計画の決定は、その手続の中で、公聴会の開催、案の縦覧、都市計画地方審議会等の住民参加が保証されているところから、手続きが確実に実施されていれば、そのこと自体が妥当性の立証でもあり、この手続が確実に実施されたか否かについては、準備書面(第一回)において、既に立証済みである。

二、本件区域の一部を住居地域から、新たに準工業地域に指定したことの妥当性については、以下により立証する。

旧用途地域を計画決定した昭和四一年三月三一日時点においては、東北自動車道の基本計画はあつたが、その路線及びインターチェンジの位置等は、確定されていなかつたので、旧用途地域策定に当つてこれらの要素を考慮することは困難であつた。

また、現在本件区域を貫通しているところの都市計画道路栃木藤岡線も当時は計画決定のみで、開通されていなかつた。

旧用途地域は、このような時点で想定された土地利用の計画としては、住居地域とするのが妥当であるとして指定された。

三、しかし、都市は常に動的なものとして将来に向つて発展することは必然であり、この発展の要因となる公共施設等の整備状況によつては、大きく土地利用のあり方に作用することとなる。

旧用途地域の指定後、東北自動車道の整備計画決定(路線決定)が昭和四一年七月二五日になされ、これに伴ない栃木インターチェンジ関連都市計画道路新栃木尻内線を昭和四三年四月二三日に栃木インターチェンジまで延長する計画変更をし、その後これらの道路は、昭和四七年一一月にそれぞれ開通した。更に栃木藤岡線も同時期に一部開通され小山栃木都市計画全体の土地利用が大きく変貌する要因となつた。

また、この時期に建築基準法の一部改正に伴なう都市計画法の一部改正により、新用途地域の決定作業が綿密な基礎調査の基に行なわれ、所定の手続きを経た上で昭和四八年一月五日付で決定告示を行なつた。

つまり、旧用途地域が決定された昭和四一年当時と新用途地域が決定された昭和四八年当時とでは、都市の現況及び将来動向が大きく変貌したことによる全般的な都市計画の見直しを併せ行つたものである。従つて本件地域のみの見直しを行つたものではなく、小山栃木都市計画区域全体の見直しを行ない新用途地域を決定したものである。

四、本件地域の一部は、ここ数年間に住宅地として無秩序に発展してきたことは事実であるが、これらの現象は、前述の道路等が開通する以前の発展動向であつて、道路開通後は、相当量の自動車が通過し沿道における住宅地利用は、もはや不適当な状態となつた。

このことは、本件地域を貫通する栃木藤岡線の昭和六〇年における自動車交通量が一日当り一万八千台と推計されることからも明らかである。(昭和四七年三月栃木県将来交通量解析報告書)このように、本件地域は将来自動車交通量の増大が予想され、かつ、東北自動車道インターチェンジ周辺という立地条件から勘案した場合、本件地域を含めた沿道の土地利用については、その現況と将来に対し最も適正と判断される用途地域を指定することは当然である。

五、本件地域を含めた栃木インターチェンジ周辺の沿道には、まだ相当量の宅地未利用地が残されている。

昭和四七年四月二八日付、建設省都計発第四二号「用途地域に関する都市計画の決定基準について」(以下決定基準という)によれば(一)地域地区の決定方針では「土地利用計画は、住宅地、商業地、工業地等の土地利用上主要な構成要素の配置及び密度について都市における主要な公共施設の規模及び配置の計画との斉合性に配慮して定める計画とする。」と明記されているところから、本件地域は中央に四車線の主要幹線道路が貫通し、かつ、栃木インターチェンジ周辺という立地条件等を配慮した場合、ここに住宅地を配置することは全体の土地利用からして甚だ不適当であると判断される。都市計画区域全域の土地利用を計画するにあたり、本件地域については、前述の交通条件、位置的な条件及び将来の土地利用の動向を勘案した場合、流通業務施設及び沿道サービス施設の利便の増進を目的とした計画が最も合理的な土地利用と判断される。

六、決定基準の①用途地域の選定基準中(二)その他の(2)では、「流通業務施設もしくは、自動車修理工場その他のサービス施設又はこれらに関連する工場等の集中立地を図るべき区域については、原則として準工業地域を定めること。この場合、流通業務施設又はサービス施設の利便の増進をとくに図る必要がある地区については、特別業務地区をあわせ定めること。」と明記されており、正に本件地域は、流通業務施設又はサービス施設の利便の増進を図る地域に当るので準工業地域を指定したものである。

七、また、本件地域については、かねてから決定基準に従い特別業務地区をあわせ定めるよう市町村に対していたところであるが、基本用途地域の取消が提訴されたことにより、特別用途地区等の決定作業を中止している状態である。地域地区の決定は、この特別用途地区等が必要に応じて定められることにより、最終的に終了するものである。

八、原告等は、「被告の原案では、本件地域は住居地域とされていたのに、その後突然準工業地域に変更されてしまつた経緯にてらしても、本件決定をなすにあたつての被告の恣意的取扱いの事実をうかがうことが出来る」と訴えているが、被告は、昭和四七年七月一五日付栃木県公報(号外第六五号)に都市計画構想として(別紙栃木県公報のアンダーライン表示部分)「流通業務地は、栃木インターチエンジ周辺に配置する。この地域の都市計画に関する用途地域については、準工業地域を定め、都ママ築物の容積率の上限は二〇〇パーセントとする」と公表しているところからも、当初から流通業務地としての準工業地域を指定する可能性を含んでいたことは明らかである。

また、栃木県公報と同時に小山栃木都市計画構想図(以下構想図という。但し判決書には添付を省略する。)を公表したが、原告等はこの図面をもとに当初住居地域とされていたと判断したものと思われる。

しかしながら、そもそもこの構想図をもとに細部について判断することには無理があり、構想図どおりに案が作成されていなかつたからといつて恣意的に変更したとはいえない。なぜならば、構想図は案作成のためのたたき台的な素案であつて、案作成に当つては市町村等の意見、住民の意見、関係機関の意見及び決定基準等から総合的に判断されるからである。さらに、構想図は縮尺五万分の一の地形図に総体的な土地利用のあり方を表現したものであるのに対し、都市計画図案は、実に構想図の二〇倍の大きさに当る縮尺二千五百分の一の地形図に各利害関係者が適格に計画を判断できるよう表現したものである。従つて、以上のことから案が構想図どおりに作成されていなかつたからとしても恣意的取扱いの事実があつたことにはならない。むしろ、都市計画の手続からすれば、都市計画の基本方針は変らないにしても、計画図の細部については、構想図と比較して相当の差異が生じることは当然である。

九、原告等は、準工業地域に指定されたため、「住居地域」としての良き住環境が近い将来破壊される現実の危険性が生じたと訴えているが、都市計画法第九条第六項には「進土業地域は主として環境の悪化をもたらすおそれのない工業の利便を増進するため定める地域とする」と明記されているとおり、原告等が訴えているほどの環境悪化は考えられない。しかも、本件地域は、流通業務施設及び沿道サービス施設の特化を図るべく、特別用途地区の指定を考えていたことからも、将来の環境悪化は住民が受忍出来ないものとは考えられない。

住民参加による都市計画は、住民が権利のみを主張することでは達成されるものではなく、都市計画全体の公益目的達成のため住民にも計画に協力する義務が課せられることを認識すべきである。

以上のとおり、本件決定は、恣意的になしたものでもなければ裁量権の範囲を越え又は裁量権の濫用があつたものでもない。

<別紙 栃木県公報省略>

準備書面(第六回)

一、被告は、本件地域を準工業地域に指定した根拠について次のとおり主張する。

用途地域地区の指定の目的は、八種類の用途地域及び用途地区がそれぞれの都市の土地利用計画を将来にむかつて実現するための手段として指定し、建築基準法に基づく確認等によつて規制誘導を図り、もつて初期の目的である土地利用計画を達成することにある。

都市の中には、既成市街地等で住商工の施設が混在立地している地域で、当面土地利用の純化が困難な地域、家内工業、下請工業等が住宅と混在して立地し、その保護を図る必要のある地域、地場産業が住宅と混在して立地しその保護育成を図る必要のある地域、及び流通業務施設もしくは自動車修理工場、その他の沿道サービス施設等が既に立地しているか、将来立地することが確実な幹線道路沿いの地域等土地利用計画上、準工業地域として指定するのが最もふさわしい地域がある。

これらの地域は経済的、社会的に市民生活と深い関連があり、土地利用計画上必要欠くべからざるものと考えられる。

都市において、必要なこれらの施設を果して何処の地域に配置するのが適当かが問題となる。

準工業地域のうち、既成市街地内の住商工混合地、家内工業や下請工業、及び地場産業等の配置計画については、必ずしも幹線道路の沿線に配置しなければならない理由はないが、流通業務施設もしくは、自動車修理工場その他沿道サービス施設等は、都心に対し遠心方向を指向した交通至便な幹線道路沿線でないと立地されない。

小山栃木都市計画区域における、栃木インターチェンジ及び本件地域を含む周辺地域の土地利用計画は、正に本都市計画区域或は京浜地方又は東北地方とを連結する接点となつており、ここに、流通業務施設やこれらに関連する施設及び沿道サービス施設を配置することが最も効果的であり合理的である。

また、準工業地域に限らず、用途地域を指定する場合の用途地域の種別ごとの区域は、指定後の建築基準法による指導が容易にでき、更に土地利用計画の目的とした効果が十分期待できるようなまとまりのある区域で定めることが必要である。

一方住居系の地域についても近隣住区構成上まとまりのある区域を設定する必要がある。

本件地域はこれらの事柄を総合的に判断して準工業地域を、指定したものである。

本件地域を含む栃木インターチェンジ周辺の土地利用は、住宅を許容しつつ流通業務施設もしくは自動車修理工場、その他の沿道サービス施設等で特化しようとするものである。

このための措置として被告は、第五回の準備書面で主張したとおり都市計画法第八条第一項第二号のその他政令で定める特別用途地区をあわせて定めるよう栃木市に対しても指導していたところであり、被告はこの措置によつて、より合理的機能的な土地利用が確保されると同時に、この反射的利益として住環境の確保が図られるものと判断している。

しかし特別用途地区の決定については、本件用途地域の取消が原告等から提起されたことにより、栃木市に決定権のある特別用途地区の決定作業が中止されている現状にある。

地域地区の決定は、この用途地区等が必要に応じ定められることにより最終的に終了するものである。

二、仮に本件用途地域決定の取消がなされた場合、本件用途地域が無指定状態となることは第三回の準備書面で明らかにしたとおりであり、原告等が主張するように取消判決と同時に新しく用途地域を決定することは、都市計画法に基づく手続では全く不可能である。

このことは、都市計画法の法的手続を理解すれば明らかなことであり、事実、本件用途地域決定についても半年以上の年月を費していることを第一回の準備書面で明らかにしたところである。

取消判決後新しい用途地域が決定されるまでの間は全く、無指定状態となり、都市計画法の趣旨に全く反することとなる。

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